無病息災を願い茅の輪くぐり

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                            神職によるくぐり初め 6月30日は丁度一年の半分。これから暑さも本番となる時期ですがこれからの半年を元気に乗り切れるように大宮氷川神社では茅で編んだ輪をくぐる茅の輪くぐりが行われました。
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渡り初めのあと境内で神事が行われます
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開始の4時には長い行列が出来ていました。
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神橋の上に作られた茅の輪を8の字に三回くぐります。
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茅はしっかり編まれ竹の枠で支えられています
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人形(ひとがた)と呼ばれる紙に触れて災いや穢れを移します。
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私も輪をくぐり、残り半年の間を元気に過ごせるよう願いました。

秋雨

今日はしとしと雨の降る肌寒い日です。
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関東地方の二日前は気温が33度に達する、熱中症で死亡する人がでるほどの真夏の暑さでしたが今日は一転、11月初め頃のような上着が必要なくらいの肌寒い日になりました。 少しずつ涼くなればいいのですけれど、「自然は気まぐれ」あまりにも急な変化に体もついていけません。 猛暑の日本列島を急激に冷やしてしまう自然のエネルギーの大きさを感じます。
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いままで真夏の暑さが続き元気をなくしていたベゴニアも恵の雨となり生気を取り戻したようです。

茅の輪くぐり

6月30日は一年の半分、神社では茅の輪くぐりが行われました。(動画公開中)
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ここ、さいたま市の大宮氷川神社では午後4時からの神事の後、神橋の上に作られた茅の輪をくぐる行事がおこなわれ大勢の市民が無病息災を願いました。 8の字に3回まわりながら輪につけられた人形(ひとがた)に触れ罪や穢れを移し残り半年間を無事過ごせるようにと祈ります。 境内では用意された人形に名前と年齢を書き息を吹きかけ体を撫でて罪や穢れを人形に移し納所に収めます。
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由来について次のように書かれています
神代の昔、須佐之男命は、蘇民将来に一夜の宿を借り厚いもてなしを受けたお礼に、茅(かや)で作った輪をお授けになりました。「茅の輪」には疫病を祓い除ける力があり、そのお陰で蘇民将来の家族は末永く栄えることができました。 以来、疫病が流行すると、人々は「蘇民将来の子孫なり」と口々に唱え、「茅の輪」を身につけるようになったと言われます。 疫病の流行しやすい夏を前にした六月(夏越)の大祓には、心身の罪穢れを祓い清め、病魔に負けないお力を頂けるよう「茅の輪」をくぐる神事が、広く行われるようになりました。
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※このビデオは5日(木)、11時40分過ぎNHK一都六県で放送されました。 過去記事 2005・7.1付 茅の輪くぐり 神社と神道ネットワーク  茅の輪の由来

まちかど雛めぐり

さいたま市岩槻区は全国に知られた人形の産地です。(動画公開中) 城下町として、また日光御成道の宿場町として賑いをみせていた岩槻に、江戸時代の初め、日光東照宮の造営、修築にあたった工匠たちが、そのまま足をとどめ、人形づくりを手がけたのが起こりと伝えられています。 岩槻の周辺は昔から桐の産地で、箪笥や下駄などの桐細工が盛んに行われていました。工匠たちは、この桐の粉を糊と練り固めて人形をつくるととても発色がよく、また岩槻の水が胡粉(ごふん)に適していることを発見したのでした。これが、岩槻人形のおこりだと伝えられています。(市のHPより抜粋)
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ここでは商店や特設会場にその家に古くから大事にされてきた雛人形を店内や店先に飾り訪れた人に見てもらう「まちかど雛めぐり」が行われています。 62店が協賛し雛人形を飾ったり、工房では人形の製作実演があり、飲食店ではお雛様をかたどったお雛様弁当を提供したり、菓子店で人形最中を販売したりと観光客を楽しませていました。
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ひなめぐりの平行イベントとして岩槻商高生による雛人形パレードも行われました。
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訪れた人たちは美しい衣裳に見とれ、お雛様と一緒に記念撮影をしたりしてひと時の雅の世界に浸りました。特に外国人観光客にうけていました。 「まちかど雛めぐり」は4月1日まで行われます。
関連記事 「世界一ジャンボ雛壇」

お雛様に変身

今日はひな祭り
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ひな人形を飾って女の子の健やかな成長を祝い将来の幸せを祈る行事で「桃の節句」とも言われます。 ひな祭りの起源は、身のけがれや災いを人形に移し、川に流して厄払いしたという古代中国の風習によると言われています。 女の子のいる家では雛人形を飾ります。しかし最近では住宅事情から7段飾りなど場所をとるものは少なくなりタンスの上に飾れるようなコンパクトなものが多くなっています。 埼玉県さいたま市の岩槻区や鴻巣市は人形の産地として知られています。 ここ埼玉県立 「歴史と民族の博物館」では自分がお雛様になってしまう「お雛様に変身」というイベントが開かれました。
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白い袴の上に十二単を着ていきます。
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十二単は一枚ずつ着ると時間が掛かるので重ねてあるものを着ます。 可愛いですね!
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お父さんはビデオや写真の撮影に大忙しです。娘の着飾った姿を見て嬉しそうでした。 子供でも大人三人がかりで着せていました。なかなか大変です。 大人の着物で20枚を重ねて着ると重さは20キロくらいになったそうです。貴族階級において晴れの儀式などに限って着た服装だそうですけれど・・
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人間お雛様になりました。嬉しそうですね、こういう着物をを着る機会はなかなかありませんから。 重くて長くは着ていられないと言っていました。 お雛様、撮影協力有難うございました。 ※このビデオは3月22日(木)、NHK一都六県、ビデオレターで紹介されました。 関連記事 「世界一ジャンボ雛壇」        「びっくりひな祭り」

総願寺の節分

2月3日は節分の日です。 「節分」は本来、季節の移り変わる時の意味で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を指していました。特に立春が1年の初めと考えられることから次第に、「節分」といえば春の節分を指すものとされています。 暦の上ではもう春なのですが今が一番寒さの厳しい時です。しかし今年は暖冬であちらこちらから春の便りも聞こえてくるようになりました。
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節分には豆まきの行事が行われますがここ埼玉県加須(かぞ)市の関東三大不動といわれる総願寺では380年の歴史があるという「鬼追い豆まき式」が行われました。
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赤鬼が長さ約3メートル、重さ約25キロの大松明を振りかざしながら回廊を駆け巡る勇壮なものでその火の粉をかぶると病気にならないと言われます。
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豆まきには日本相撲協会の北の湖理事長ほか力士4人も参加し年男、年女等と一緒に無病息災などを願いながら福豆を蒔きました。
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福豆のほかお菓子や五円、十円などのお金もまかれそれを受け取ろうと集まった人たちは必死、バッグをあけて受けとろうとしたりかごを用意したり中には網を持ってきた人も居ました。
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袋一杯に持ち帰る人も居ました。 撮影も押されカメラはゆれもみくちゃになり倒れそうになったり大変でした。 一般的には、豆まきは年男(その年の干支を持つ生まれの人)、または、一家の主人が煎った大豆をまき、家族は自分の歳の数だけ豆を食べるとその年は、病気にならず長生きすると言われています。 しかし我が家では豆は食べますが近年豆まきをしていません。

七福神行列

今、各地で七福神めぐりが行われています。(動画公開中)
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さいたま市中央区(旧与野市)では3日、恒例の七福神行列が行われました。 与野地区は昔鎌倉街道(現在の本町通り)に発達した古い街で、現在も昔の面影を残す格子戸の古い家が数軒残っています。
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この街にも七福神をお祀りしている寺社があります。開運、諸願成就、健康増進に与野七幅神をお参りする人が最近多くなりました。 正月のハイキングとして丁度よいのでしょう。私もこの行列と一緒に七福神めぐりをしました。 「駅からハイキング」のコースに組み込まれたり、この日は歩こう会の数百人も加わり大変賑わいました。
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七福神とは:幸福をもたらす七人の神様です。室町時代に竹林の七賢人になぞらえて七体の福神を取りそろえたのがはじまりとされており、インドや中国、日本の神様から選ばれています。
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この日は弁財天の弘法尊院から福禄寿の氷川神社までそれぞれの寺社で記念撮影をしたり小槌を頭にあてて幸せを願ったり御宝銭を配ったりしながら約6.5キロを2時間半かけてまわりました。
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さいたま市内の旧家の庭に柿が沢山生っています 柿はなぜか茅葺屋根の家に合うのです 農家の庭にはいろいろな果物の生る木が植えてあったのです 今はこのような風景もあまり見られなくなりました
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サザンカ

 “山の茶の花”という名前よりははるかに綺麗な花です。特に,冬の寂しくなった景色の中で赤や白の山茶花の花は目を楽しませてくれます。  ところで,山茶花と椿は似ていますけが,どこが違うと思いますか? ツバキ(椿)の花は落ちるときにボテッと全部一緒に落ちてしまいますがサザンカは、花びらが一枚ずつ散ります。  花びらの落ちた地面も風情あるものです。
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七五三で賑わう神社

今、休日の神社は華やかです。 画像
武蔵一ノ宮として知られるさいたま市の大宮氷川神社 七五三のお祝いで埼玉県内各地から親に連れられて着飾った子供達がたくさん集まってきます。 殆どの人が車で来る為、休日の周辺道路は車で渋滞し動かなくなります。 11月15日に行われる子供の成長を祝う行事ですが混雑をさけ15日を待たず早くから休日は賑やかです。 いじめや親による虐待などが社会問題になっていますが子供には責任がありません。 健やかな成長を願います。 画像 <可愛い双子の姉妹>

キクイモ

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野の花がだんだん少なくなってきました 今、黄色いキクイモの花が目立っています アメリカからやってきた植物ですが日本が気に入ったようです 向こうの方に野焼きの煙がたなびいていました              夕方の散歩道で

稲刈りも終わりました

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さいたま市東部に広がる見沼たんぼ 稲が刈られ竹に掛けて干されていました 太陽の熱と風で乾燥します 農業が機械化された今 都市近郊では珍しくなった風景です
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